スティルマイン -3ページ目

単位

今日も一日、私は頑張りましたっ! と言うじいちゃんが居た。

じいちゃんは私の部下扱いでどっかから来ている方だったが、毎回終業時に私にこう報告するのだった。「今日も一日、私は頑張りましたっ!」って。「ニッ」って笑いながら。

そのときの「いやじいちゃん、あんたの仕事全然終わってないよ…周り大変だよ」という私の思いは彼には問題なかった。
じいちゃんは一日を頑張った。報告してくれるときのじいちゃんは、毎度サッパリした顔をしていた。

じいちゃんと会わなくなり結構経ったが、じいちゃんのことをふと思い出す都度、私は不安になる。私は一日を頑張っているのだろうか、一日を頑張るとはどういうことなのか。

いつかじいちゃんに会えたら、頑張り方を教えて貰おうと思う。「今日一日、私も頑張った!」とじいちゃんと二人で「ニッ」としたいと思う。きっと誰かに迷惑をかけているとは思う。

入学

初めて夜遊びらしい夜遊びをしたのは17歳の時だ。

そのときの格好も覚えている。細いブーツにゴツいベルト、薄いベルボトムジーンズ、タンクトップ、ハンチング、それなりのブレスレット。
中々良いチョイスだった。今でもその気になれば着れると思う。17歳の頃と、そんなに変わらんと思う。ま、まだいけると思う。


店に入ると、私たちは一番乗りだった。そらそうだ、子供だもの。

デカいスピーカの前に並んで座る。
遊び慣れている友人を見、音楽に合わせてそれらしく揺れることを覚えた。なんだか、「いっぱし」になれた気がした。


徐々に大人たちが増えて来る。怖そうなお兄さんお姉さんばかりだった。

トイレから戻るとき、お兄さんとぶつかった。彼のビールを大幅にこぼしてしまい、絡まれた私は「これが大人の世界か」と思い知らされた。
連れていた女の子は、大音量の中揺れながら私の耳元で話しかけて来、口紅が耳にベチョリとなった。「ヒャ」と思った。
盛り上がるべき曲のところでは周りに合わせ、それらしい顔をして私も盛り上がった。「フー」とか言ってみた。
混雑する中、知らないお兄さんお姉さんとくっつきながら踊り、笑い合い、私は「これか!(this is it!)」と思った。


くたびれた朝方、階段を上ると店の前ではお兄さんたちが気だるそうに座り込み、しかし楽しそうに談笑していた。
仲間になれたつもりだったが皆ボディがキレイにデザインされており、「(私はやはり)まだ早過ぎたんだ」と思った。それでも、「今日からは違う人生が始まる、昨日までとは違う」と思った。


実際はそう代わり映えのしない日常が続いたが、少なくともこの日が無ければ今の私は無かったと思う。

今日、なんとなくこの日を思い出した。



嘘つき2 age3

先日、私は年齢を偽った。あんなことをココで書いたもので、そんなことになるとは思わなかった。
私は嘘つきだ。



久方ぶりに踊れる店へ繰り出し、普段のストレスがイチ抜けた私は若者とダンス・バトルもどきを繰り広げ周りも盛り上がり(おそらく私のダンスは若干古い)、とても楽しかったのだ。


フロアには可愛らしげな二人組の女性が居た。若い。反応を見ると中々ノリも良い。
その時連れていた後輩(私より大分若い)も交え一緒にカンパーイとするうち、一人が「キミたち何歳?」と訊いてきた。

――「キミたち」て。キミたちがハナ垂らしている時、私は既に大人だったんだぞ。


誠実に自分の年齢と職業までちゃんと述べた後輩に対し二人組の女子は「えーそんなトシウエなの? タメくらいかと思った! キャハハ!」と笑った。

そして二人組は「キミも同い年?」というふうに私を見た。
私は、耐え切れず、キミたちに嘘をついた――


かなりサバ読んだが気づかれなかった。フフフすげえ、まだまだいけんじゃねえか。フフフすげえまだまだいけんじゃねえかじゃない。その後私は急速に萎えたのだ。 私は嘘つきだ――


今後の人生において2度と年齢を偽らないとここに誓う。私は本気だ。
「嘘をつかない人!」と言われたら前のめりで「ハイハイハイ!!」と手をあげようと思う。無事故のくせに「イテ、イテ」と注意を引こうとする親戚の坊主とともに正直者の道を歩もうと思う。



死想

幼い頃、じいちゃんが死んだ。家族や親戚がバタつく中、ジャマにしかならない私は別の親戚の家に預けられることになった。
そこの家族との夕飯時、人見知りがひっくり返った私は「じいちゃんが死んでもボクは全然平気だよ!」と高らかに宣言した。マインちゃんは強いねとその家族から褒められ、私は誇らしかった。

実際、じいちゃんが一人死んでも「まだもう一人いる、まだいける」と幼い私は判断し、悲しくはなかった。
やはり阿呆だったのだと思う。しかし子どもはそんなもんかもしれんとも思う。


火葬場で周りにつられた私は結局ギャン泣きした。じいちゃんが焼かれるという衝撃的な事実を初めて理解し、悲しいことなのだと学習した瞬間だったかもしれない。
母親に抱かれ泣きながらじいちゃんの骨をお箸で突き、「この骨は足?」と母親に聞いた。母親は「うん、多分」と答えた。



私は自分の葬式を良く想像する子どもだった。甘美な妄想だ。
ボクの葬式には誰が居るだろうか。ヒロシ(友人、仮名)は居るんじゃないか。泣いているだろう。健介(友人、本名、薄情)は居ないだろう。

でも、お母さんは絶対居るだろう。ボクが死んだことを悲しんでいるに違いない。

――お母さん、マイン(仮名)は幸せでした。先に死んでごめんなさい――


何を思ったのか小5か小6の夏休みの宿題でそんな内容の絵日記を書き、心配したであろう担任の先生は私の母親に手紙を書いたそうな。
その時母親は何も言わなかったが、私が大人になったある日「子どもの頃のあんたはなんで死をそんなに」といったことを言った。
その頃の作文で「UFOよ、ボクを宇宙へ連れて行ってください。地球はうんざりだ」といったことをUFOのイラスト(アダムスキー型)入りで書き、添削さ れ返ってきた作文を見てもやはり母親は何も言わなかった。私だったらポケモンでも買い与えるところだ。当時の私が何を考えていたのか分からないが、人の死 はUFO(UFOは人をさらいます)に近いと思っていたのかもしれない。


最近の私は相変わらず「UFOよ、ボクを宇宙へ連れて行ってください」と密かに思っている。親になるという良く分からない事態から有耶無耶に逃げて来た私だがしかし、最近は母親のような親になっても良いとも思い始めている。

――まだ見ぬ我が子よ、どんどんUFOに連れて行かれたまえ。きっとお前も地球はうんざりだろう。

だから私は、いつか父親になってみようと思う。母親になりたい女性がいたら、どうか元気良く手をあげて欲しい。







ママ2

私が通う小料理屋のママは高齢であり足腰が不自由であるため、なかなか店を掃除できない。店はそれゆえのデンジャー・ゾーンであり、そのゾーンにはゴキブリが集まってくる。飲食店だからしょうがない、という以上にどうしょうもないゾーンだ。


先日は私が座るカウンターに並んだビール瓶、グラス、煮物、サラダ(安全な食べものシリーズ)の椀を縫うようにタプンタプン肥えたゴキブリが私の眼前を右から左へ駆けて行った。

テイク・マイ・ブレス・アウェイな私はママに小食かつ偏食であるという軟弱なイメージを持たれているため、そこに更に「ゴキブリが苦手」という情けないイメージが付加されることは非常にシャクであり、「ゴキブリが出たよ^^」と冷静を装い報告するも、「もー」とカウンターからスローに出て来、ハエ叩きを持ち追うママのそのモーションはゴキブリのそれに遥かに及ばず、なおかつ「舞うのか」といった趣もあり、ゴキブリは焼酎ボトルの合間を進み、カウンター内へと逃れていった。それを確認したママは「しょうがないわねえ」なんつって早々に討伐を諦めた。

「えええ、もっと頑張らないの!?」と言いたくもママの身体ののんびりさを知っている私はその言葉を飲み込み、目の前の食事を諦めた。「また残すの?」と悲しい顔で怒られるのが怖く、その日は早々と店を出た。


――このままでは店に通えなくなってしまう。ただでさえ行きたくないのに。


そう思い、ゴキブリ駆除セットを大量にプレゼントした。ママは喜んだが、それは単に私の身を守るためなのだ。少々申し訳なくも思う。


先日はネズミが出た。もうどうしょうも無いと思っている。


ポジコフ

夕方、ビールを買いに行かねばとマンションを出た途端、目の前で小学校低学年の坊主(ご近所さん)が勢い良くすっころんだ。
「なんて勢いだ、僕ならきっと泣いちゃう」と思い「大丈夫?」と彼を持ち上げると、彼は「大丈夫だよ!」と元気良くお返事してくれた。

見たところ擦り傷程度であり、「こんな傷しょっちゅう作ってたけどすぐ治ってたよなあ」なんて思っている間に彼は「バイバイ」なんつって再び駆け出し、10メートル先で再びすっころんだ。
なんてこったと駆け寄ろうとするも彼は即起き上がり、猛スピードで走り去った。


彼の「大丈夫だよ!」は子どもにありがちな感じで芝居がかっていたが、私はこのセリフにテイク・マイ・ブレス・アウェイであった。
最近の私は公私ともに「もう駄目だ」や「限界っす、死んじゃうっす」なんてセリフが増えている。こういったネガティブなセリフが現実をよりネガティブにしてしまっておるのではあるまいか。すっころんだ彼は「大丈夫だよ!」と言うことで自身の涙腺を鼓舞しておったのではあるまいか。


私も彼を見習って「大丈夫だよ!」(キー2個上げ)と言う回数を増やさねばと思う。ワニのゲーナのように「未来はもっと素敵だよ」(下記参照)と子どもたちを安心させることのできる立派な大人にならねばと思う。そんな言葉が一つでも多くの「大丈夫な現実」や「素敵な未来」を引っ張って来るように思う。思いが素敵にまとまったところで安心してビール飲もうと思う。




チェブラーシカ・再掲

以前暖かいペットを飼ってみたいと書いたが、分かった。私はチェブラーシカを飼いたい。愛でたい。可愛らし過ぎる。
ワニのゲーナも好きだ。動物園で「ワニ」として働いた後の寂しい生活(一人でチェスをしたりオルゴールを回したり)。友達募集の張り紙を出しチェブラーシカと友達になるのだが私も是非友達に入れて欲しかった。


第2話の冒頭と第3話の終わりにそのゲーナがアコーディオンを弾いてくれる。とても良い。第3話の歌の一部を引用してみる。



時はゆっくり過ぎていく
過去にはもう戻れない
過ぎ去った時を残念にも思うけど
未来はもっとすてきだよ

広がる大地に長い線路が延びている
そして地平線に突き当たる
誰もがみんないいことあると信じてる
走るよ 走る 空色の客車



泣くかと思った。




追記

上の記事を書いたのは2005年だったが、ゲーナの歌のメロディ(2曲)と上の歌「空色の客車」を歌い出す瞬間のゲーナ、アコーディオンを持ちながら遠くを見てキリッとする顔が忘れられない。




 

ママ

近所にある小料理屋のママと、いい感じだ。いい感じといってもママは70代であるため、そういう意味ではない意味でのいい感じだ。

店はとても小さく、「おっ、味があるねえ!」といった評価には至らなかった類の何とも言えない古さがあり、汚い。衛生面がとっても不安だ。

一度多分、アサリのバター焼きでえらい目に遭った。しかしママといい感じであるため、良く火が通っていて安全そうなものをチョイスし、ドキドキしながら口に入れつつ、「無事だったようだ」と翌朝を迎える、こんな感じでスリリングに通い続けている。ママには少食かつ偏食であると思われてしまったが、「小料理屋なのにママの作る料理が恐ろしくて食べられない」という本当の理由は墓まで持って行くつもりだ。


比較的繁華街にあるのだが、平日は客が全く来ない。ママと二人でビールを飲み、カウンターで折り紙なんぞを折ったりする。ママの若い頃の話を聞いたりし、「昔はイケイケだったのよー」と言われれば「えーイケイケてー」と適当に返すようなぬるい感じで、折り紙を折ったりテレビを眺めたりしつつ、ビールと焼酎をチビチビ、ママと二人でのんびり過ごす。


何故か最近はチョンガー(やはりなんて言葉だ)である私を心配してくれ、「恋愛に勇気出さなきゃダメよ」と説教されることが多い。
先日は「どんな女性がいいの? お母さんがいいひと見つけたら教えてあげるから」なんて言われ、「ママみたいなひとがいいな、立派に自発呼吸をしている感じで」と返すと「ダメそんなこと言っちゃ。適当に選んだら痛い思いするんだから」と普通に怒られた。私は「そんなあ」と思い、何か気の利いたことを返そうとすると続けて「おっぱいが大きいひとがいいの?」なんて言われひっくり返りそうになった。とりあえず「大きさは問題でないが何故乳が唐突に」と鶴を折りながら議論になり、様々な角度から乳の重要性について話し合った。サービスで出されたイカの塩辛の絶妙なテイストにリバース寸前だった私は塩辛の存在を誤魔化しながら鶴を折りまくった。


景気が良く、ご主人がご健在だった時代はスナックも3件持っていたという。現在はシンプルなこの店一軒、ママが独りで切り盛りしている。ママは、先々のことを心配することがないように見える。
音信不通だが頑張っているはずの息子がママの自慢だ。この店はそろそろ閉めるという。私にくれないかとこっそり思っているところだ。



age2

ノスタルジック・俺じゃモテないと自覚しつつも先日の私は孤独感にさいなまれ、「誰か、私は誰かと話したい」と思ったのだ。
こういう晩は大概一人泥酔し、「どうしちゃったの」なメールを女友達に送信し、翌朝「本当にすいませんでした」な反省メールを送信するのが常である。ひとに迷惑を掛けられない以上、昨晩はチャットにトライしようと思ったのだ。「フル・モンティ」並に露出しようと思ったのだ。


ガズ(私、フルモンティとしては)さんが入室しました
ガズ:こんばんは!
ゅぃ:こん☆ 
ガズ:はじめまして! やり方慣れなくて、返事が遅かったらゴメンね!
ゅぃ:ぃぃょww ガズは何歳?? 
ゅぃ:・・・??ww
ガズ:○○代です! 具体的な年齢は個人情報保護っていうかね! 今うるさいし!
ゅぃ:ゥチ中3ww
ゅぃ:ごめww
ゅぃさんが退室しました
ガズ:おお、若いんだね! 僕はおじさんかな? 部活とか楽しい? 受験はどう?


よく覚えていないが、みっともない感じは概ねこんな感じだ。傷はまだ癒えていないと思う。私はやはり、いたいたしくも怖気づくのだと思う。



ありがと

近所に住む親戚の坊主(嘘つき)がどんどん大きくなっている。その成長が純粋に羨ましい。

私と彼との間にある気まずさは相変わらずのままだが、よく喋るようになったのには心底感動する。しかも独り言ばかりだ。しかも喋り方は母親の完全コピーじゃねえか。学習とは模倣だったのだ。


坊主とその両親を連れて、デパートに行った。たまには親戚のおじさんとして何か買ってやらねばならぬ。私の葬式で厄介になるかもしれないからだ。

そう思い、おもちゃ売り場に赴いた。「どれがいい」と距離を置きながら聞く私に、坊主はどんどん不機嫌になってきた。
「おもちゃ」が苦手だった私はなんとなく彼の気持ちが分かる気もし、ノリながら「これなんていいんじゃないか。ブーンて。ギューンて」と色々示すのだがどんどん俯いてしまう。

彼がおそらく勇気を振り絞って指差したのは、アンパンマンの人形だった。高い。
よし買おうとレジに行き購入し、手渡すと彼は親に促され不器用に「ありがと!」と言った。しかし心の中では「私がアンパンマンを買わされ「ありがと」と言わされるのか――」と思っていたかもしれない。

おもちゃを渡しながら、どこかで見たような風景をなぞっているように思えた。きっと色んなことはそういうことなのだろう。
坊主はアンパンマンを気に入っている、ありがとうと、後日彼の母親からメールが届いた。