抱っこ | スティルマイン

抱っこ

子供を抱く機会があった。彼は2歳弱、頭が妙にでかい坊主だ。
幼い頃の私もそうだった。彼は当然私の子ではないが、私とは血が繋がっている。やはり、少しは私に似ておるようだ。

しかし、彼は私に懐かない。私にビビっている。
――はっは、そんなに私が怖いかね。そう、私は厳しいぞ。お前を、赤ちゃんだからといって甘やかさないんだぞ。どうだ、怖いだろう。

そんな私もまた、彼にビビっている――


そこらへん歩いてる子供のハートはニン一発で大概ゲットできると自負している私だ。しかし彼のことはどう扱って良いのか良く分からず、二人の間にはいつも微妙な空気が流れている。

会う度に彼は私を警戒し、私を観察する。
私も彼を観察する。お互い触れることはない。

そして目が合うと両者とも笑顔が消える。そんな関係だ。


先日の彼はテンションがイチ抜けており、母親にまとわりつきながらウキャーと家中を走り回っていた。本当にやかましい。
その時の私は彼の家のリビングでくつろぎ、彼の存在を後ろに聞きながらビールを飲んでいた。

――静かにしてくれないか。今ワニのゲーナが歌を歌うところじゃないか。幼いお前こそが見るべきシーンだ。



ふと玄関のドアが開き、バタンと閉じた。彼の母親がゴミ出しかなんかで出て行ったようだ。
急に自分の目の前から母親が居なくなったことに多大なショックを受けたであろう彼は、ンギャーと大声で泣き出した。

当然独身な(当然?)私の日常にはないシーンだが「まあいつものことなのだろう」と気にせず、私はトイレに行こうと立ち上がった。5メートル先に居る彼はその私に気づいた。
彼はギャーと泣きながらヨチヨチと私に近づいて来、両手を上げ、私に抱っこをせがんだ。



彼がもっと小さい時は何回も抱っこを経験している。他の子より早く登場して来た彼はもの凄く小さかった。
彼はなかなかうんちが出なかった。手を握り合いながら、「ンーー」と二人でいきんだこともある。

彼の目が開き、人間らしくなると、私たちの間に微妙な距離が生まれた。彼の周りには常に誰か居たし、私が抱く必要はなかった。だから私は、彼の家に行っても彼を抱くことがなくなった。
本当は、私も彼を抱っこしたかった。しかし、泣かれるのが怖かった。



母親に見捨てられた彼はすがりついて来、私に「孤独とはこれ程にも辛いのだ」と訴えた。
彼を抱え上げ、久しぶりに抱っこをした。彼を最後に抱いたのは、随分前だ。だから随分、重くなっていた。

ギャーと泣き続ける彼を抱き上げ、私も泣きそうだった。良く分からない二人で互いを慰めた。泣き過ぎた彼は「オエッ」としていた。

彼の母親は当然すぐに戻って来たのだが、彼はそれに気づかず、私と抱きしめ合っていた。
彼同様私と濃い血で繋がっている彼の母親は普段触れ合うことのない私たちを見、嬉しそうに笑った。



いつか、私は死ぬのだろう。きっと彼は私の葬式に居るだろう。泣いているだろうか。
何らかの事故により彼の家族が居なくなったら、私が彼を育てることになるのだろうか。万一のときに備え、私は急いでしっかりしておかねばならないのだろうか。

私は泣き続ける彼を母親に引き渡した――彼女の方が私より上手に抱っこできるし。私はそんなに彼を可愛がっていないし。彼女は母親であり、私は彼の父親ではないし。私は単に、「怖い親戚のおっさん」だし。私は子供、そんなに好きじゃないし…


「全身で泣く子はこんなにも熱を持つのか」と初めて知った。
きっと彼は私との抱擁を忘れてしまうだろう。覚えているには幼過ぎるし、彼にとってはインパクトが少な過ぎる。どうせまたすぐに観察し合う仲に戻る。


その後の私は、あの瞬間、彼が泣きながら手を伸ばし私にヨチヨチ近づいてきた瞬間を一人何度も反芻している。今も当然一人で(当然?)酒を飲み、これを書きながら、彼の熱さを反芻している。嬉しかったのだと思う。
そして当然、早く嫁が来ないかと思う。辛抱強く、待とうと思う。草食系男子(男子?)なのだと思う。