これも夢 | スティルマイン

これも夢

ある人の「夢は絶対になくしたくない」といった言葉を目にし、その文脈はさておき「私にとっての夢とはなんであろうか」と考えてみたところ、ふと田舎の電車が思い浮かんだ。

その時の私は20代半ば、鈍行で親戚の家へ向かっていたところだった。旅行中、その地方で泊まりたい宿が無くなり、寂しくなっていた夜だった。


接続駅に着き、電車を乗り換える。出発まで時間があり、売店でビールを買った。

ホームに降りた。誰もいない。

時期は冬だったが私にとってはいつまでも続いてしまう夏休みのような、仕事も夢もあるんだかないんだか分からないような、なんだか所在無い時期だった。旅行を切り上げる必要もなく、しかし行くところもないし東京に帰りたくなかった。
基本モラトリアマーな私だ。しかしこんな旅行はおそらくもう2度とできない。その勢いで日本縦断でもしておけば良かったと今になって思う。


小さい暗い電車に乗り込み、ボックス席に座った。ここから4、50分くらいで親戚の家の最寄り駅に到着するだろう(そこから更にタクシーで20分かかる)。

座って気づいたが向かいの席にはきちゃない紙袋が置いてあった。ゴミだと思った。

電車が発車する寸前、チンピラ風の若者が私の目の前の席にどっかと座った。紙袋同様、きちゃない格好してる。
坊主頭、眉毛が薄い。私と同じ年くらいか。手にはビニール袋、中には缶ビール数本とツマミ。


電車の中には殆ど客がいない。ボックス席に二人で座っているのは居心地悪い。トモダチじゃないし。しかもなんだか二人して窓際に座ってしまった。膝が痒くなる。しかし席を移動するのも失礼に思えた。


向かい合いながら二人して黙々とビールを飲み始める。

電車が走り出すと本気の暗さ、山の真っ黒なシルエットが遠くに見える。その手前にはちらちら明かりがあり、家庭がある。家庭があるのだろうなあ、とぼんやり思った。


風景やら空気やら色んなモンが単調になってきたころ、私は「チンピラよ、話しかけてくれるな」と念じ始めていた。絶対会話は続かないし、弾まない。

果たして若者が私に話しかけてきた。「うわ来た!」と思いながらもなんとなく(おそらく二人とも)ホッとした。


「兄ちゃん、これ○○駅には何時に着く?」

――前歯が無い。溶けたの?

私は「ここのモンじゃないからわからない。旅行者だ」と答えた。すると若者は「そうか」と頷き、眉間にしわを寄せ、目を外に向けた。


(おそらく二人とも)ドキドキしていた。映画のワンシーンの中に放り込まれ、お互いが不慣れな役回りを引き受けてしまったような。
シチュエーションから何もかもが芝居がかっていた。「ここのモンじゃない」ってなんだ。


無言のまま二人でちびちびビールを飲みながら外を見続けた。お互いチラチラと気になりながらも、無言で気詰まりな状況に酔っていた。

走る鈍行、ビール飲みながら迷子な二人。世界の中でチンピラ(仮出所したて、オジキのところで再起を図る(という設定))と私、それぞれが一人ぼっちだった。


そのまま、何の会話も無いまま私が下車する駅に着いた。

思い切って「○○駅は次の次だから、あと20分くらいじゃないかな」と言うと、若者は「そうか、兄ちゃんありがと」とはにかんだ。もの凄くかわいくはにかんだ。

その瞬間、「ああ、やはり私はもっと何かをたくさん話したかったのだ、きっとトモダチになれたのだ」と気づいた。「お互いもっと違う役を演じれば良かったのか! 雰囲気に負けた!」と思った。


ホームに降り、出発した電車に向かって私はニンと手を振った。暗い表情のチンピラが私に気づき、旧友に会ったようにニカッとし(前歯が無い、溶けたの?)、こちらに手を振ってくれた。電車を見送り、私は親戚の家へ向かった。



以上が私の夢だ。あれは夢だったと思う。

現在の私は「楽になりてー!」と思いながらも夢を思えなくなるともっと深く苦しくなってしまうことを知っている。だから意志しておかなければと思う。落としどころの無い気持ちを落とさないよう、ゲロ吐きそうになりながらしばらくやってみようと思う。